2 年前に書いた佐治晴夫先生のインタビューが、なぜかいまになって注目を集めているようです。

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http://greenz.jp/2014/03/13/haruosaji/

公開当初は確か500シェア位だったはず。それが1年後には5千シェアになっていて、1週間前には1万3千シェアに。と思っていま見たら、2万シェアを超えていました。シェア数だけで言ったら、greenz.jpの創刊から今までの記事の中で10本の指に入るんじゃないかな。すごい。 先生の言葉は時を超える。

懐かしくなって当時の録音データを聴いていたら、佐治先生の優しい声に触発されていろいろ思い出してきたので、インタビューの背景やこぼれ話などを綴っておこうと思います。

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インタビューを行った背景


このインタビューは、レイブル期にある若者を応援する連載の一環で行ったものです。

レイブルとは、late bloomerの略で、遅咲きという意味。ニートの中でも、「就職活動がうまくいかず傷ついた」「一度は就職したけれど職場になじめなかった」などさまざまな要因から就職に至っていない若者のことを、「将来必ず花を咲かせる若者」と捉えて見守る言葉です。

連載の名前は、「STORY OF MY DOTS」。 スティーブ・ジョブズの「先を見越してドット(点)をつなぐことはできない。それらは振り返ってつなぐことしかできないのだ」という言葉から、
レイブル期にいる人たちに「いま何もできていないように感じられても、将来につながる大切な点をまさに生きているんだよ」というメッセージを届けようと名づけられました。

greenz.jp編集部からの「この企画でインタビューしたい人はいますか?」という呼びかけを聞いて、真っ先に思いついたのは佐治先生でした。私自身が、これからの仕事について模索しているときに、先生の本を読んで気持ちが楽になったから。

佐治先生は、玉川大学に“真昼の星を見る天文台”を建てようと提案した人です。学生時代の先輩の奥様がその天文台で働いていたので、2011年頃に遊びに行きました。

そのとき見たのは何だったんだろう、金星だったかな。もう朧げにしか覚えていないけど、白くて金平糖みたいにちらちら健気に瞬いていて、「かわいい」と胸を打たれたように記憶しています。

 “青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星は目にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ。
見えぬものでもあるんだよ。“

金子みすゞ名詩集
金子みすゞ
彩図社
2011-06-17



そんな、金子みすゞさんの視点を体感できる天文台。なんて素敵なものを考える人だろう、と一気にファンになり、佐治先生の本を読み漁りました。一冊読むごとに、心を潤す水をなみなみと注がれたような気持ちになったな。

だから、レイブル期にいる人、世間や会社の常識にむりやり自分を当てはめようとして失敗してどうすればいいかわからなくなってしまっている人にとって、詩人の感性と科学者の目を持つ佐治先生の話は、「世界はこんなにも面白くて美しいんだ」「自分らしく生きていいんだ」と視野を広げるきっかけになるに違いない。そう思って取材依頼を送ったところ、先生は快諾してくれました。

当日の思い出

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「インタビューは北海道・美瑛にあるアトリエで」と言われたので編集部に交渉して交通費を出してもらったのですが、着いてみたら「本当は東京でもよかったんですけどね、こっちのほうが雰囲気が出るし、あなたも旅ができていいでしょう」と佐治先生。茶目っ気たっぷりに瞳をきらきらさせるものだから、「ああ、本当にあの天文台をつくった、あの本を書いた人だ」と実感しました。

北海道の小学校で講演をする報酬として地元の鉄道を運転させてもらったり、 「オルガンを弾きたいから」という理由でもっといい条件を提示してきた大学を蹴って玉川大学で働くことを選んだり、先生は少年のような心を持っているんですよね。ちなみに、記事中に書いたシューベルトのことは、「僕は彼が好きなんですよ、なぜなら誕生日が一緒だから」と笑っていました。

インタビューの日、佐治先生は空港まで迎えに来てくれて、お気に入りのカフェに案内してくれて、インタビューが終わったあとは私の泊まる「薫風舎」というペンションに来てピアノを演奏してくれて、一緒に夜空を眺めて星の話をしてくれて、「せっかく美瑛まで来てくださったんですから明日も案内したいのですが、予定があって」と悔しがってくれました。

佐治先生、インタビューなんて何十回、何百回と受けているはずです。
私は佐治先生の本を何度も読み込んでいて先生のことは大好きだけど、 先生にとって私は数百人のうちのひとりでしかない。 それなのにちゃんと、たったひとりの私として見て、大事にしてくれる。 感激して、ますますファンになってしまいました。

編集する上で悩んだこと
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それだけに、インタビューをまとめるのはものすごーーーく大変でした。
2時間足らずの間に、宮沢賢治、芥川龍之介、マルティン・ハイデガー、糸川英夫、孔子、マザー・テレサなどなどさまざまな人の言葉が出てきて、研究所での大失敗、松下での開発戦争、大学の経営再生に取り組んだときの厳しい一面などなど、先生のことが多面的に見えてくる波瀾万丈エピソードも盛りだくさん。どれも削るには惜しく、でも全部入れると一万字を超えてしまう。

特に削るかどうか最後まで迷ったのは、先生が何度もおっしゃっていた「人はひとりで存在しているんじゃない、色々な人との関わりの中で存在している」という言葉。

記事内でも「体を構成している細胞の1%が一晩のうちに入れ替わる」と書きましたが、先生はそれを「一晩で違うものになっているのに、なぜ自分は自分でいられるか。それは、家族や友達が自分を自分と認識するから。周りとの関係性において自分は自分でありつづけられる」という風に語っていたんですよね。

「両親、祖父母、と遡って千年前までいくと、自分の誕生には約135億人が関わっていることになる」「人は相互扶助の中で生きている、それを突き詰めると、誰かの役に立つことが喜びになる」と、言葉を変えて何度もおっしゃっていたので、先生にとってとても大事な、伝えたいことなんだな、と思ったのですが。

この記事は「いまレイブル期にいる人」を応援するための記事で、彼らの中には、毒親の元で育ったり、ブラック企業で駒のように扱われたりして苦しんで、それでも「周囲の人を大事にしないといけない」「それができない自分はだめだ」と自分を責めて身動きが取れなくなってしまった人もいるかもしれない。一歩間違えると、そういう人を余計に縛りつける言葉になりかねない。

もちろん、佐治先生と直接会って話せばそんな意図がないことはわかるだろうけど、別の人間のフィルターを通って文字になることで、意図は伝わりづらくなる。丁寧に説明すればちゃんと伝わるだろうけど、そうすると記事がどんどん長くなってしまう。

そう思って、断腸の想いで削ることにしました。

これ、当時すごく悩んだな。「佐治先生が熱心に語っていたことを私ごときの判断で書かないなんて傲慢じゃない?」「いやそれ一見謙虚に見えるけど、読者に対しても佐治先生に対しても誠実じゃないし失礼だろう。佐治先生の記事でもあるけれど私の記事でもあるんだから、責任は私が持つべきだ」「しかもひとつの記事で先生のすべてを語れると思うなんてそっちのほうが傲慢じゃない?先生は著書をたくさん出しているし、先生のインタビュー記事もたくさんあるんだから、それを読んでもらえばいい。読みたくなる記事を書けばいいんだよ」…と、めちゃくちゃ脳内会議をした記憶があります。

届けたい人にちゃんと届けるために、情報を削ぎ落としてメッセージを絞ろう。悩み抜いた結果残ったのが、「“これから”が“これまで”を決める」でした。

それがこうして2万もの人にシェアしていただき、気持ちのこもったコメントや感想をいただいて、嬉しい限りです。悩んだ甲斐があったなぁ。

バトンをつなぐ
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ちなみに先生の言葉で印象的だったのはほかにもたくさんあって、ひとりじめするのはもったいないのでちらっと紹介します。詳しく知りたい方はぜひぜひ、佐治先生の本を読んでみてください。

“キリストやブッダが存在したと仮定するなら、彼らの体を通った分子は自分の体の中も通過しているんですよ。全てつながっているんです”

“「學」という字は、家の中にこもっている子どもを上から引き上げる様子を表しています。それが学ぶ、教えるということなんですね”

“教育の基本は「信じて、待つ」。いまは待てない社会だし、忙しい現役の先生方に待つのを期待するのは酷かもしれないけれど、やっぱり、ひたすら待つのが大事です“

“「理解する」は英語で「understand」と言いますね。「up」ではなく「under」。相手の下に立って見る、それが相手を理解するということの本質なんです”

“原発問題や国際関係など、世の中の情勢は厳しいけれど、若い人に「将来に希望がない」と思ってほしくない。「私だってこれだけのことを乗り換えてきたんだから大丈夫ですよ」「天災も戦争も人間は乗り越えてきた、人間の智恵は浅いものじゃないから、解決できるでしょう」と言いたいんです”

からだは星からできている [ 佐治晴夫 ]
からだは星からできている [ 佐治晴夫 ]
夢みる科学 [ 佐治晴夫 ]
夢みる科学 [ 佐治晴夫 ]

個人的に一番響いたのは、この言葉でした。

“何百万年という人類の歴史に対して、我々の一生は百年足らず。だから、いままで築いてきたものを、「ここまではわかったよ」と次の世代に受け渡していく。それが人類の宿命だと思うんですよ“

自分の人生では完結できないものを次の人に託してつないでいく。
何百年何千年と続いてきた、いまこの瞬間も世界のあちこちで行われている、無数の壮大なバトンリレー。

別れ際に先生と握手をしたとき、そんな情景が頭に浮かびました。

私は、そのバトンを受け取りたいと、受け渡していきたいと思ったよ。